中国に備える日本にキレるロシア
河東哲夫
(著書に、「日本がウクライナになる日」、「ロシアの興亡」、「ワルの外交」、
「ロシアにかける橋」、「ソ連社会は変わるか」(嵯峨冽筆名)等)
自国領土クルスク州の一部をウクライナ軍に制圧されて、ロシアは対応に窮している。クルスクと言えば2000年8月、ムルマンスク沖で自爆して、乗員118名とともに沈んだ大型原潜の名も「クルスク」。もしかして、プーチン政権の始めと終わりは「クルスク」の名でくくられるのかもしれない。
そんな中、プーチンの一の腹心、ニコライ・パトルシェフ大統領補佐官は7月末「ロシア新聞」で、米国は日本自衛隊との兵力統合運用を強化し、NATOの欧州諸国は艦船を日本に派遣するなどして、日本の防衛力を強化しようとしている、ロシアはこれに対抗して海軍を増強する等、適切な措置を取らざるを得ない、と書いた。そして元国家安全保障会議書記のアンドレイ・ココーシンは、豊かな日本と仲良くしようとする時代は終わった、日本を極東の新たな脅威として認識するべき時が来た、と書いた(7月28日fondsk.ru)。
日本はロシアと違って、領土問題を軍事力で解決しようとすることはない。近年自衛隊を増強し、例えば2500トン以上の海上艦艇数ではロシアの太平洋艦隊を約5:1と圧倒している[1]が、これはロシアに向けられたものではない。それなのに、なぜロシアは急に騒ぎ出したのか。
と思って、つらつら考えると、日本が北朝鮮のミサイルや台湾有事に備えて取った次のことどもを、ロシアは自分に向けられたもの、米国が日本を使って自分に向けたもの、と見ているのだろうと思い当たる。これはロシアの一種の被害妄想、パラノイアなのか、それとも、冷遇してきた海軍を増強する予算を獲得するため、殊更騒いでいるだけなのか。
まず、日本は米国から中距離巡航ミサイル「トマホーク」を数百発購入、イージス艦に配備するための準備を始めた。米国はドイツにも、中距離ミサイルを配備しようとしている(双方とも核弾頭は装備していない)。ロシアは欧州では中距離核ミサイル「イスカンデル」でドイツ、極東では中距離巡航ミサイル「キンジャール」等で日本を狙える態勢にあるのだが、自分が狙われると危ないことをするなと言って騒ぐ。
次に、最近日米が兵力の統合運用体制を強化していることも、米国がロシアを東から脅すのに自衛隊を使おうとしているように見える。
更に安倍政権以来、日本はNATO本部との関係を緊密化し、英独仏などNATO諸国の軍艦、軍用機が日本に来航するケースが増えていることも、ロシアの神経を逆なでする。日本にしてみれば、台湾有事への抑止力としてNATOの欧州諸国の支援を確保したいのだが、欧州諸国はロシアを東側から牽制するべく、日本を使いたいと思っているに違いないからだ。こうしてロシアにとっては、「西の脅威はドイツ、東の脅威は日本」という、戦前の構図が甦ってきた。
かくて極東ロシアは軍拡の構え。日本は北朝鮮、中国への構えを強化して、ロシアの脅威をみすみす復活させてしまったのか? いや、慌てる必要はないだろう。ロシアの極東兵力は急には増えない。もともとソ連海軍の航空母艦は全部、ウクライナの造船所で建造されていたし、その他の軍艦用のタービン・エンジンは全てウクライナの工場で組み立てられていた。
2014年、クリミア「併合」でウクライナとの協力関係が破壊されて以来、ロシアは自前の軍需生産能力を増強してきたものの、造船所は設備の老朽化、労働力不足、幹部の腐敗など問題だらけで、建艦計画は半分ほどしか達成できていない上、西側の制裁で電子・通信機器は不備なまま納品する有様である[2]。軍用機の生産も同様である。但しロシアは、核ミサイルはいつでも極東に配備できるので(戦闘機、あるいは軍艦に配備)、これへの備えは必要だ。
岸田後の日本にとって、対ロ外交はしばらくお休みだ。だが、ことさら敵対する必要はない。ウクライナ戦争が一区切りしたところで、関係を順次レベル・アップしていくことだ。ロシアも大人。「日本は脅威だ」と言いながら、片方の手では握手を求めてくるだろう。ロシアも日本も、互いを「正しく恐れ」よう。
ロシアはロシア語Wikipediaから
[2] 21年3月11日付 Jamestown等。